そのランプは必要なくて



 その国での言い伝えだそうです。それを信じ、人々は今日も真っ直ぐに生きるそうです。
『どんな願い事でも3つだけ叶えてあげよう』
 それは夢のある話。人が希望を持つ話。


「ランプをこすると精霊が出てくるんだって」
「精霊ねぇ…」
 キノは話を聞く分には大人しくしていたが、終わると何か疑うような素振りで、子供たちと一緒に瞳があれば目を輝かしていただろうエルメスは不満気な声を上げた。
「え、キノは信じないの?」
「いや、何かを信じる気持ちは分からないでもないけど。この手の『精霊』だの『妖精』だのの姿ってやつは、中々シュールだと思ってね」
「確かに、魔法使いって何でもできる割に太ってたり、お婆さんだったりするよねー。まあ、ランプの精は風船みたいな身体してるし、さぞかしよく浮くんだろーけどさ」
 この旅人と彼を乗せるモトラドは、長い旅路で考え方が大分シュールになってきていた。
「それに万能だけれど、願い事を増やす…は禁じ手であるのは、世の常だよね」
「キノは願い事を増やしたかったの?」
「…」



「3つか、その選択は慎重に行わないといけないな」
「そうですねシズさま」
 相変らず思い込みの激しい主人に誠心誠意、頷く陸だった。
「ああ、まず叶うことなら全ての国が平安であって欲しい」
「ご立派な考えです、シズさま」
 そんなこったろーなーと正義感ばかりが先走っている自分の主人を誇りに思いつつも、いい加減いつものことなので流し頷くのになれているのは横に従っている陸であった。
 パターン化されている自分の主張に気付きもせず、むしろ一つ世界の大きな目標を見つけたかのように誇らしげなシズさまは頷き、更に言葉を繋げた。
「そしてこの世に蔓延る悪を一掃して欲しい」
「素晴らしいことです、シズさま」
 目を輝かせそう宣言する主人を尻目に陸はこっそり溜め息をついていた。
「そして…」
 そこまでは調子の良かった主人の言葉がふいに止み、陸も下げていた首を上げた。
「…シズさま?」
 シズは少し俯くと、すっと首を上げた。
「そして、もう一度会って話したい人間がいる…だから、」
「シズさま…」
「いや、それを祈るのは筋違いだな。確実に叶う願い事とは難しいものだな、陸」
「はい、シズさま」
 シズの表情に、陸は再び自分の主人を誇らしく思いました。



「願い事を増やしたいとは思わないよ、けど…」
「けど?」
 キノは行動は早いですが、たまに言いよどむことがあります。
「全てを決めてしまうかもしれない願いを3つに決めることはとても難しいよね」
「キノには決められない?」
「特に願いはないんだよ。3つ願えってのも難しいかな」
 苦笑いを浮かべたキノの言葉が真実でないことはいくら鈍いエルメスにも分かることでした。
「本当に何かしたいこととかない?」
 風がキノの後ろを通り抜けていきます。気がつくと一緒にランプの話を聞いた子供たちもそこからいなくなっていました。
「…何かって言ってもね」
「会いたい人とか」
 エルメスも何か含みを持っての発言のつもりはありませんでした。
 走りさる子供たち、その様を見てキノの口元が僅かに、ほんの僅か動いたようにも見えました。
 そして、その瞬間。キノの前方で一人の少女が転んでしまいました。
「大丈夫?」
 キノはそっと駆け寄り、少女の手を取りました。立ち上がった少女は淡い笑顔を浮かべました。ぺこりと頭を下げると少女はフレアのスカートを翻し、タタッと駆け出して行きました。そして数メートル離れたところでクルッと振り向き、
「ありがとう、旅人さん」
 予想もしていなかったのでしょうか。キノはその言葉に反応することができず、そしてそれからしばらくの間、少女の風に揺れるスカートの裾を見つめていました。
「…キノ?」
 エルメスもキノの視線の先を見つめ、何か思い返したのでしょうか。少しの間、キノを呼ぶことができませんでした。そして、ゆっくりと声をかけました。
「ああ」
「何か思いついた?」
「…」
 キノはまた苦笑いを浮かべました。けれど、それはさっきとは違う表情のようにエルメスには感じられました。
「いや。やっぱり自分の本当の願い事ってなかなか決められることじゃないよ」
「そんなもんかな」
「そんなものだね。エルメス、君は?」
 調子を取り戻した様子のキノは今度は皮肉めいた表情を浮かべ、エルメスを見ました。
「えー?僕?えっと、最新式のエンジンと、それからお腹いっぱいガソリンと、えーとでもそれじゃあと一つだしな…硬いタイヤに、それからライトも最新式のものが欲しいし、うーん」
「そんなもんでしょ」
「そんなものだね」
 2人の旅は簡単には決められない。




「ねえ、キノ。師匠ならどうするかな?やっぱ願いの数を増やしたりするかな?」
 とても面白いことを思い出しただろう…と楽しそうな様子でエルメスは走りながら乗っているキノに声をかけました。
「さあ。でもあの人は、ランプを壊すかランプの精を殺すか…」
「ランプの精って銃の弾当たるのかな」
「まあ、どっちにしろ貰うものは貰うかもしれないけど、最終的にはそんな感じじゃないかな」
「そんな感じって…」
 エンジン音に雑じりながらキノは言葉を続けます。
「他人のことは祈らない、決めることは迷わない、それから人のためにランプを残したりもしないだろうね」





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