鬼ごっこ


 その国はとても平凡な国だった。
 大人たちは朝から働き、子供たちは野原で遊ぶ、そんな国だった。

「オニゴッコ?」
「そう、鬼ごっこ」
 エルメスと共に野原で日向ぼっこに勤しんでいたキノにそう声をかけたのはまだ10に満たないだろう少女だった。
 肌は健康的に陽の光を浴びていることが見て取れる小麦色で髪は二つに結っていた。零れそうなほど大きな瞳を真っ直ぐにキノに向けている、そんな少女から聞こえる「オニ」という言葉はキノには何だか不思議な響きに聞こえた。

「オニゴッコって何だか知ってる?」
 子供の遊びだとは思うが細かく何をしたら良いのか分からなかったキノは自分が背もたれにしていたエルメスに顔を向けて尋ねた。
 エルメスは少し黙った後、――と言っても、モトラドのエルメスに口や顔色があるわけではないから故意に黙ったのかも反応が鈍いのかも定かではないが――あっけらかんと答えた。
「…オニの物真似大会でもするんじゃないの?」
「お面でも着けて?」
 流石にありえないと分かっていても乗らずにはいられなかったキノだったが、そのやりとりに重なってクスクスと可愛らしい声が聞こえてきた。
「お兄ちゃんたち、鬼ごっこ知らないの?」
「教えてくれるかい?」
「…いいわ」



「これはまた、闘争本能と防衛本能に火を点けるような遊びだね」
 少女に鬼ごっこのレクチャーを受けたキノは子供たちに混じって早速鬼ごっこに参加することになった。キノからすれば子供のスピードは他愛も無いもので逃げることも追いかけることも難しいことではなかった。けれど、子供の集中力や体力に驚かされつつ、適度に力を抜くことは中々容易なことでもなかったのだ。
 結局、鬼ごっこが終了したのは夕暮れ時、子供たちの中で年齢の上の者が「家に帰る時間だ」と言い出したときだった。
「お子様にパワーを吸われたの?だらしないねーキノは」
 流石に参加できず、見ているしかなかったエルメスが(とは言っても都合の良い逃げ場・踏み台にされていたが)、そうキノをからかった。
「いや、中々興味深い遊びだなーと思ってね」
「何が?単純に追いかけっこでしょ?」
「そうだね」
「?」
 何か含むところがあるようなキノの表情にエルメスは首を傾げることもできず、黙っていた。
「追いかけっこというのはね、何も単純であるけど、生き物の基本行動とも言える」
 そう、キノは切り出した。
「生き物…人間以外も鬼ごっこをするってこと?」
「人間以上にね…動物は生きるために追いかけるだろう?」
「そうだね…。でも、それだけでキノは感銘を受けたっての?」
「いや…」
 一呼吸置いたキノの表情は少し、苦い笑みを浮かべていた。
「人が人を追いかける。それはやっぱり物凄い欲求なんだろうな、と思ってね」
「キノには追いかけたい人がいるの?」
「…どうかな」
 はっきりしないキノの言葉を聞きながら、エルメスが思い出したのは長い旅の出会いの中で誰よりもキノを真っ直ぐに見た男がいたことだった。
「むしろ追いかけられてるのかもよ」
「…それは恐ろしいな。まだ、捕まりたくない」
 そう、自分で答えることで、キノは何がしか納得したようだった。
「じゃあ、そろそろ逃げますか?」
「そうだね」

 キノの旅は続く。

 



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