READY STEADY GO
立ち止まってる時間はないからと、いつも走り続けているアイツが眩しくて。
「コラー!待ちなさいよ!!」
朝から息が苦しくて、ずっとベッドでうつらうつらしていた。
大きな叫び声。最後の方は声も割れてしまっていた。離れたヨシュアの部屋にまで届くほどの距離だ。耳も割れそうなほどの大きさだろう。
目をゆっくりと開けながら、少しらくになった呼吸に合わせて、クスクスと笑いが漏れてしまうヨシュアだった。
どんなに体調が悪くても。ロゼットの叫び声が聞こえるからヨシュアは昼間、必ず一度は目が覚めた。
また、ビリィあたりがいたずらをして、ロゼットを怒らせたに違いなかった。
僕のことを怒るときと、ビリィの奴を怒るときのロゼットは態度が違う。
ビリィの方が良い…なんてことは別に思わないけど、それでも自分には気を使っているのだと思う。ロゼットよりも、気を使わせてしまう自分自身が腹立たしいのだ。
そして、そんな暗い感情に陥るとすぐに…
「ヨシュア?どうしたの?また具合でも悪いの?」
「何でもないよ、ロゼット」
「それなら良いけど!ビリィの奴、また洗濯物にボールぶつけたのよ、信じられる?」
「そりゃ、酷いや」
「でしょー!だいたいアイツは…」
僕もボールぐらいぶつけてみたい、思い切り走り回ってみたい…そんな感情でいっぱいになっていたヨシュアには時にロゼットの声も響かない。
ヨシュアの憂鬱は終わりが無かった。
それからしばらくして、マグダラ修道会からヨシュアを引き取りたいという申し出があった。
間違えなく良い話であったが、ヨシュア自身は未だ迷っていた。
強くなれるかもしれないと思う期待と、ロゼットと離れることになるかもしれない不安と。少なくともここでずっとロゼットが自分を心配して暮らす日々はなくなるんだという現実と。そんなものでいっぱいになっている自分に気がつかないくらいの焦りと。
珍しく、体調が良いので庭に出てみると、ヨシュアと同世代の男の子たちがドッジボールをしていた。ふいにコロコロと、誰かがコントロールをミスしたのか落ちてきたボールがヨシュアの目の前に転がって。立ち上がり、ボールを拾う。こんなちっぽけなボール一つ、ヨシュアは満足に投げられない。
「おい、ボールよこせよ」
「あ…」
ボールを取りに来たのはビリィだった。正直、ヨシュアはビリィのことが好きではなかった。
「お前、出てくのか?」
それは唐突な言葉だった。それだけに、今のヨシュアを苛立たせるには十分な言葉だった。
「お前には関係ないだろ」
「俺には関係ないけど、ロゼットが辛そうなんだよ」
それこそ何だと言うのか。ヨシュアの苛立ちは頂点に達しようとしていた。
「ロゼットのことはますますお前に関係ない」
「関係ある」
「無い!」
「お前のことなんか俺には関係ない。けど、ロゼットが悲しむことはここにいる皆に関係があるんだよ」
「…」
「それくらい、お前のが分かってるんじゃないのかよ」
「…」
「おら、ボールよこせよ」
そう言いながら、半ばボールを奪うようにビリィは広場に戻っていった。
残されたのは日陰にヨシュアが一人。
皆、一人で。違う人間で。
でもロゼットは皆の前を走っている。
ロゼットは自分だけのロゼットじゃないから。
「ヨシュア!こんなとこにいた!!体調平気なの?」
「ロゼット…」
「何よ…」
「ううん、何でもない。平気だよ」
「ホント?じゃあ、森に行こうよ。クロノに話の続きをしてもらうの!」
「そうだね…」
(いっぱい…勉強すれば 私 お医者さんになれるかな…)
(神様は不公平だよね 大キライッ)
(ロゼットが辛そうなんだよ)
ロゼットは強いのに、僕が立ち止まらせてしまってる。
ロゼットは前を見て走らなきゃ駄目なのに。
「牧師様、僕行きます」
強くなる準備と覚悟はできている。
それは魅惑的な悪魔の囁きが届く前の決断。
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