郭公と月と、君と


 どこかでなくしてしまった。
 けれど、どこでなくしてしまったか分からないモノは実は多い。
 そして、それを取り戻すことは中々難しいことを人は自然に知っているもので。
 人は、何か代わりを探そうとする。

「僕が姉さんとフィオレを間違えたように、フィオレも誰かと僕を間違えたのだろう?」
 ずっと聞きたかった、だけど自分のことを棚上げに聞くことのできなかった信実。
 それは郭公にも似た行為だと思う。どちらが先に言い出したんだったか。
 偽っていて、お互いが嘘で。
 

 アイオーンたちは外に出ていて、いつも通り『良い子で待っていな』とからかわれた、その晩。
 ヨシュアは散歩に行こうと、夕食の片付けをしていたフィオレの腕を取り、砂浜を歩いた。
 月はいつもよりも低く、大きく感じられ、そして何より赤く煌々と光っていた。
「月、キレイだなぁ」
 ある程度歩いて、満足したのか足を止めると、ヨシュアは砂地に寝そべり、月を見上げた。
「そうですね」
 フィオレは腕を放されると同時に足を止めた。ヨシュアの横に並び寝転ぶようなことはしない。ただ、ヨシュアな後方に立ち、月とヨシュアを見ていた。
「何だか掴めそうなくらい近くにありそうだよね」
「そうですね」
「たまには月を眺めるのも良いね」
「そうですね」
「今度はお菓子を持って来て、ここで夜のお茶をしよう」
「そうですね」
 フィオレは何も語らない。意思を持たない人形だと、アイオーンが僕に言った。そして、その割にはアイオーンはフィオレに冗談を言うことが多い。ヨシュアはフィオレに感情がないなんて思っていなかった。
「あの月の丸さって、最近のアイオーンのお腹のラインに似ていると思わない?」
「そうです…え」
「ぷ…あははは!」
 人形の動きが止まった瞬間、フィオレの表情が止まった瞬間、それは確かに『止まった』瞬間なのに、何よりも人間らしい反応で。ヨシュアは自然に笑い声を上げてしまった。
「ヨシュアさま」
「ごめん、うん、今のは僕が悪いね。でも、何を考えていたの、フィオレ?」
 一度、動きを止めた人形はその後もやや非難めいた声色でヨシュアの名前を呼んだ。それが面白くって、ヨシュアは次が知りたくなって、核心を突いた。
「え?何を、ですか?私は…」
「人形だから考えませんは無しね。フィオレ、さっきから月の方をボーっと見てたよ?」
 物言わぬ人形の核心に迫るには先回り先回りが必要だった。
「…わかりません。ただ、何だか、見たことがあるような気がして…」
「月を?そりゃ、当然…」
 見たことがあるから、ここにいて。
 見たことがあるから、何か見たくなって。
 それは、ヨシュア自身にも心当たりのある感覚だった。
「もどりましょう、ヨシュアさま。身体を冷やします」

 月はぼんやりと輝いていた。その光は決して澄んだものではない、鈍い光。
「ヨシュアさま。月は美しく光っているように見えますけれど、自分で光っているわけではないのですよ」
 浜辺からの帰り道、どちらも腕を引くようなまねはしなかったけれど、お互い決して急ぐようなことはせず、ゆっくりと歩いていた、その、途中。本当に前触れなくフィオレが話を始めた。
「?分かってるよ?月は太陽の光を受けて光ってるんだってことぐらい…」
 ヨシュアはいぶかしみながら、常にヨシュアの斜め後ろにいるフィオレの方に首を向けた。フィオレの顔は闇の中にあったが、鈍い月の光を受けて、その肌の白さは一際目立っていた。つまり、その白い輝きも、本当の光ではないのだと。
「何が言いたいの?」
 ヨシュアはフィオレの顔を見続けることに寒さを感じた。何か、開けてはいけない箱を開ける、見てはいけない鏡を覗く、そんな感覚を覚えたのだ。
「分かりません。けれど、この光も、そして私も偽者なんです」
 自分のことを言われてるように身体の感覚を失われるような気がして、ヨシュアはフィオレから視線を逸らし、再び足を動かした。フィオレはまた、ヨシュアと同じ歩調で歩いた。
「私は郭公と同じです、ヨシュアさま。時に何かが呼び起こされるのですが、それは本物ではないのです。この月と同じ、他からもらったもので自分を塗り固めている」
「…どうして、そんな話を?」
 視線を戻すことはできなかった。けれど、再び足を止め、ヨシュアはフィオレに尋ねた。
「さあ、どうしてでしょうか」



 そして結局、僕は知ることになる。自分も偽者だってことを。
 フィオレ、君はあのとき僕にそれを伝えようとしたのか、それともそうじゃないのか。
 今、君をも失った僕にそれを知る術が無い。
 確かに、僕たちはたても似ていた。
 僕たちは郭公で、他人のものを奪ってそこにあろうとした。
 僕たちは月で、他から得たもので偽りの輝きを得ようとした。
 
 でも。
 僕たちはそこにいたのは本当だよ、フィオレ。
 君も、僕も、月も、郭公も、そこに、ここに、確かにいる。
 だから、もし次に君に会えたなら。
 本物の姉さんに会えてもなお、僕は君に会いたいと思った、そのことを君に伝えたい、
 そう、思うんだ。








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